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50歳からの自重自愛な暮らし

1984年のミスセブンティーン決勝は伝説のオーディション

ミスセブンティーン

私と同じアラフィフ世代の方なら、毎年春になると各レコード会社からアイドル歌手がデビューしていた時のことを覚えているのでは?

当時の1番の注目は、松田聖子さんも所属していたCBSソニー。

そのCBSソニーと、週刊 少年ジャンプや週刊 セブンティーンを発売していた集英社が共同開催したオーディションが、「ミスセブンティーンコンテスト」です。

このまえTwitterで、1984年ミスセブンティーンコンテスト決勝大会出場者が載る誌面の画像をみつけ懐かしくなりました。

その当時、10代の女子に人気だった「週刊 セブンティーン」を私は毎週楽しみに読んでいたので、よく覚えています。

応募総数史上最高18万325人から、各地区予選→決勝大会前の東京本選を勝ち残った出場者16名。

未受賞の人も数多くデビューしている1984年 ミスセブンティーンコンテストの決勝大会は、伝説のオーディションです。

ミスセブンティーンになると歌手デビュー&映画出演

ミスセブンティーン

第3回のミスセブンティーンコンテストは、「週刊 セブンティーン」を発行していた集英社と、レコード会社のCBSソニーが共同開催したオーディション。

ミスセブティーンに選ばれるとCBSソニーからレコードデビューできるだけじゃなく、シブがき隊との映画共演が約束されていました。

その映画は、オーディションの翌年公開された「バロー・ギャングBC」です。

私はシブがき隊(ヤックン)のファンだったので映画の公開を楽しみにして観に行ったんですけど、贔屓目に見てもあまり面白い映画ではなかったことを覚えています。

その当時は薬丸裕英さんが出ていれば、なんでも満足だったんですけどね。

映画の感想はおいといて、1984年のミスセブンティーンコンテストは激戦だったこともあり、受賞者多数の決勝大会となりました。

※これから続く各受賞者の画像は楽天で販売されているCDの画像リンクなので、中には視聴できるものもあります。

激選だった1984年ミスセブンティーンは2名が受賞

佐藤美和子(松本典子)群馬

オーディションでの歌唱曲 河合奈保子
「コントロール」
デビュー 1985年3月
「春色のエアメール」

聖子ちゃんカット&ピンクのミニスカート衣装で翌年3月デビューしたのが、ミスセブンティーンを受賞した松本典子さん。

80年代アイドル歌手の王道

人としても芸能人としても、アクの強さを全く感じさせない人。

当時じっくり曲を聴いたことがなかったんですけど、今あらためて聴いてみると歌がとても上手い方で「さよならと言われて」「天使が棲む島」など、いい曲がいっぱいでした。

網浜直子(兵庫)

オーディションでの歌唱曲 中森明菜
「サザンウィンド」
デビュー 1985年4月
「竹下涙話」

松本典子さんとミスセブンティーンをダブル受賞した網浜直子さんは、長かった髪をショートカットにして、ボーイッシュな感じでデビューしました。

歌手デビューした際は、映画の時よりいっそうショートカットに。

シブがき隊の映画「バロー・ギャングBC」では出番がとても多く、この役にピッタリだからミスセブンティーンが2名になったのかな?と思ったことを覚えています。

1984年の準ミスセブンティーンは3名

藤原理恵(岡山)

デビュー 1985年3月
「愛よファラウェイ」

週刊セブンティーンの誌面で、決勝大会出場者の紹介&投票があった時、1番かわいいと思ったのが藤原理恵さんでした。

写真が、もうアイドルそのもの。

EPICソニーから超獣機神ダンクーガの主題歌でデビューしたあと、ドラマ「セーラー服通り」などにも出演されていて、その後 CCガールズに。

CCガールズでの藤原理恵さんはデビューの時とイメージが全然違い、同一人物だとなかなか気づくことができませんでした。

斉藤さおり(麻倉あきら)愛知

デビュー 1986年9月
「サバンナの熱風」

準ミスセブンティーンを受賞した斉藤さおりさんは、オーディションから2年後にロックスタイルでデビューしました。

その後、改名して麻倉晶になり1993年資生堂のCMソング「ベイビーリップス」で再デビュー→1996年結成したROmantic Modeのボーカルなども。

歌の迫力・伸びのある太い声・歌のうまさに圧倒されます。

斉藤さおりさんがデビューした時から好きなんですけど、できれば…オーディションの時に歌った「君たちキュウイ・パパイヤ・マンゴだね」路線でデビューしてほしかった。

ロックが苦手な私の個人的な意見です。

今も単独ライブなどをやられているようなので行ってみたいなと思いつつ、席に座ってじっくり斉藤さおりさんの歌を聴きたいので、会場がライブハウスなことに躊躇してます。

スタンディングはもう辛い…。

あと1名の準ミスセブンティーン 居原田多加子さん(大阪)は、デビューしていないようです。

1984年ミスセブンティーンの特別賞は2名

工藤静香(東京)

オーディションでの歌唱曲 薬師丸ひろ子
「セーラー服と機関銃」
デビュー 1985年1月
「ス・キ・ふたりとも!」

このオーディションの決勝大会出場者(柴田くに子さん・木村亜希さん)とセブンティーンクラブを結成し、ミスセブンティーン受賞者より早く歌手デビューした工藤静香さん。

このグループは1年くらいで解散。

その後の活躍は、ご存知の通り。

私は若い頃から工藤静香さんの姿を見ると、シェイクスピア「十二夜」の台詞を思い出します。

「あの人は頭がいいから阿呆の真似ができるのね。上手にとぼけてみせるのは特殊な才能だわ」

シェイクスピア

あっぱれな女性です。

もう1名の特別賞 渡辺亜矢子さん(宮城)は、デビューしていないようです。

1984年ミスセブンティーンの歌唱賞は2名

渡辺美里(東京)

オーディションでの歌唱曲 EPO
「土曜の夜はパラダイス」
デビュー 1985年5月
「I’m Free」

アイドル歌手のオーディションに出場していたことが驚きの渡辺美里さん。

CBSソニーではなく、EPICソニーから翌年デビューしました。私はデビュー当時を知らなくて、注目したのは1986年「My Revolution」から。

名曲です。

曲をダビングして、カセットテープを聴くSONYのウォークマンで何回も何回も「My Revolution」を聴いたものです。

この曲の前奏が流れ始めると、10代の時の自分や友達のことを思い出します。

村田恵里(三重)

オーディションでの歌唱曲 松田聖子
「セイシェルの夕陽」
デビュー 1985年6月
「オペラグラスの中でだけ」

村田恵里さんのデビュー曲が私は大好きで、今も時々YouTubeで聴いたりします。

この曲、ほんといいんです。

透明感のある声・抜群の歌唱力・いい曲だったのに…2曲目のシングルがなかなか発売されず、なぜ売れなかったんだろう?

このあと何度か改名して再デビューをしているけれど、10代の女の子にしか歌えないこの当時の3曲目や4曲目をぜひ聴きたかった。

村田恵里さんの歌声はベタな言い方ですが、甘く切ないです。

1984年ミスセブンティーン決勝は伝説のオーディションまとめ

ミスセブンティーン

決勝大会出場者の多くがデビューした1984年ミスセブンティーンは、応募総数史上最高18万325人もそうですが伝説。

大人たちの期待と自分の夢を叶えるため頑張るアイドル歌手は、明確にわかるレコード売り上げ枚数・自分の人気に10代で向き合っていたんですね。

今から考えると、15歳16歳くらいの子に、このような現実と1人で向き合わせるのは酷なことのように思います。

昔は大人数のグループではなく、1人でデビューするアイドル歌手が多かったので。

でも…彼女たちはキラキラしていて、同年代から見ても憧れでした。